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西野亮廣エンタメ研究所の過去記事を中心にアップしてます

2021年03月09日のエンタメ研究所の過去記事

3月9日(火) ※3月11日以降は『いいね』を押さないでください。
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おはようございます。
まさか、このタイミングで『えんとつ町のプペル2』の脚本を書き始めたキングコング西野こと「絶対に病気」です。
さて。
今日は、『まもなく意味が変わるものを押さえる』というテーマでお話ししたいと思います。
少し黒めの、しかし大切なお話しです。
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▼ 彼らは才能を作った
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昔話に出てくるような景色が広がる「白川郷」の歴史を調べると……江戸時代中期に、現金収入として、カイコを飼って、そのマユから生糸を作る『養蚕(ようさん)業』が盛んになったそうで、「養蚕スペースを設けるため」に民家が大型化して、「合掌造りの家」がポコポコ誕生したそうです。
機能を追い求めた結果誕生した「合掌造りの家」は、長い時間をかけて、もともとの機能(養蚕スペース)を失いました。
が、その景観を残し続けたことで、ファンタジーとなり、「集客装置」という機能が新たに追加されました。
それによって…ついには、白川郷の観光客は増えに増え、ライトアップイベントは完全予約制となり、入村制限がかかるほどに。
現在、白川郷の観光業は、養蚕業以上の産業となっています。
「合掌造りの家」という財産を持つ白川郷を少し羨ましく思う一方で、受け止めなければいけないことがあります。
それは、
「『合掌造り』という、当時は何でもなかった当たり前の景色を財産にしたのは、彼ら自身」
ということ。
どこかのタイミングで、「…あれ? これって、このまま残したら、集客装置になるんじゃね?」と考えて、「時計の針を止めることにコストをかけよう」と声をあげた人がいたのでしょう。
ベネチア」なんて最たる例です。
もともとは機能を追い求めて水路を張り巡らせたハズなのに(もともと埋め立て地だっけ?)、今では、その水路は、すっかり「集客装置」です。
お金をかけて、昔の景観を残し、ついには「いずれ水に沈む都」という閉店セール広告を打ち出す所業。見事です。
「合掌造り」にしても、「水路」にしても、「時代が進み、本来の機能を失ったにもかかわらす、その姿を残しつづけたことによって、意味変し、【ファンタジー】となった」という背景があります。
このことについて「へぇ〜、そうなんだ〜」で終わらせるつもりはありません。
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▼ 僕らの才能予備軍はどこだ?
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ここで向き合いたいのは、「今、僕らが持っているカードの中で、いずれ、本来の機能は失うけれど、それでもその姿を残し続けることによって、まもなく【ファンタジー】となり、集客装置となるものは何か?」という問いです。
数年前、そんなことを僕なりにアレやコレやと考えてみた結果……「煙突」と「提灯」と「電線」という答えに辿り着きました。
すっかり当たり前の景色になっちゃっていますが、先進国でこれだけ「電線」が垂れ下がっている国は日本ぐらいです。
一部では「電線の地中化」が叫ばれていますが、電線を地中に埋めてしまった場合、「損傷箇所」を見つけるのにコスト(復旧コスト)がかかってしまうので、地震や台風の多い日本で「電線の地中化」はなかなか難しいと思います。
フィリピンのスラム街に行くと、大量の電線に圧倒されて、日本人の僕ですら「電線のファンタジー化」を感じずにはいられません。
電線を知らない国の人達からすると、そのインパクトはさらに大きいでしょう。
「えんとつ町」を電線だらけの町にした理由はそれです。
しかしながら、電線が日常にある日本人が電線を見ても何とも思いません。
昨日、一昨日と、「近所の人が行きたくなる場所」について記事を書かせていただきましたが、おそらく電線が残り続ける日本に住んでいる人に対して「電線」はファンタジーにはなり得ない(売りにはならない)と思うので、残すは「煙突」と「提灯」です。
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▼ 煙突の現在の「意味」
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夜道を照らすだけならば「提灯」よりも「電気」の方が良いわけで、それでも提灯が残っている理由は「温もり」や「風情」といった要素だと思います。
日本人ですら、提灯がたくさん並んだ空間に「非日常」を覚えるわけですから、ここは戦略的に残し、集客装置にした方が良さそうです。
そして、僕が一番注目しているのは「煙突」です。
暖炉よりもエアコンの方が部屋を暖めてくれますし、そもそも住宅街で黒い煙なんて上げられないので、新築で「暖炉のある家」を建てる人なんてほとんどいません。
「煙突」はとっくの昔にその機能を失ってしまい、今、世界から「煙突」がどんどん無くなっています。
そんな中、「ウチの地元に煙突があります」という報告が僕のところに届いたりします。
皆さんも一度や二度、聞いたことがあるかもしれませんし、SNSで、古いレンガの煙突の写真を見たことがある人もいるかもしれません。
誰かが煙突に目と時間を奪われ、写真を撮って、アップしているところを。
面白いのが、その時、「その煙突から煙が出ているか否か」が、まったく議論されていないということ。
煙突が使われていようが使われていまいが、そんなことはどうでもよくて、「煙突がある」ということが議題になっています。
つまり、
煙突は本来の機能はまったく求められていなくて、現在、「ファンタジーの世界に出てくるもの」として扱われている。
『合掌造りの家』と似たような扱いです。
今、僕は旅館を作ろうとしています。
その旅館にはたくさんの煙突を立てようと思うのですが、住宅街に煙突を立てようと思ったら一筋縄ではいきません。
煙を出すのならば(笑)
「煙なんて要らない」というのが僕の結論です。
現代の煙突の機能は、そこじゃないからです。
「ロウソク」なんかもそれに当たると思うのですが、時代が勝手に意味変してくれるものが僕らの周りにはいくつかあります。
「まもなくファンタジーになるもの」を丁寧に抽出し、コストをかけて残し、集客装置にする。
その時、黒西野的には「まもなくファンタジーとなるもの」の「©️著作権)」をおさえておくと強いよなぁと思っています。
茅葺き屋根』は白川郷に持っていかれちゃいましたが、『煙突』は僕らが貰ったような気がしています。
今度作る宿の名前は『煙突屋』にします。
3月17日に、「お客さんが来続ける空間の作り方」について、ガチ会議(生配信)をしますので、興味がある方は覗いてみてください。
アーカイブも残ります。
【ガチ会議生配信の参加はコチラ↓】
ちなみに添付した写真は名古屋にある『CANDY』です。
(※愛知県名古屋市中区大須4-11-5 Z's building 6F)
ご覧のとおり、ここでは「提灯」が「暗闇を照らすもの」では無くなっていて、「集客装置」になっています。
そのアイテムの現在の意味(価値)を、問い直し、この調子で生まれ変わらせることが大事なのだと思います。
現場からは以上でーす。
 
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